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「ブルーストッキングの女たち」

「美しきものの伝説」という傑作があるにもかかわらず何故、宮本研はこの芝居を書いたのか?

何ヶ月か前、チラシが配布されると真っ先にこの疑問が湧いてきた。「美しき・・・」は平塚らいてふの雑誌「青鞜」に集まってきた人々、大正ロマンの一翼を担った知識人の群像を描いたものである。「ブルーストッキング」とはまさに「青鞜」のことであり、この芝居の登場人物はほとんど「美しき・・・」と重複している。

一人の作家が、同じテーマ、登場人物で二度書くというのは、余程の事があったに違いないと思っていた。例えば、前作に不足があったとか前作を否定したいとかいうネガティブな理由、あるいは部分に焦点を当ててクローズアップしたいというポジティブな動機、のような事である。

答えは意外なものであった。

パンフレットに「夢、情熱・・・。生き続ける宮本研の戯曲たち」と題した木村光一と大笹吉雄の対談があって、木村の発言の中にこういうものがあった。

「これはちょっとした種明かしをすると、悪名高き三越劇場の岡田茂社長がいましたね。彼が僕に、いろんな女優を出してきて、この人でやってくれといってくるわけ。で、三田佳子でやってくれという話があって、研さんも、三田さんの旦那のNHKのディレクター高橋さんとも知己だった。じゃあというので、書く事になった。神近市子を上月晃さんがやったんですよ。」

この場合、「悪名高き」は「三越劇場」ではなくて「岡田茂」にかかっている。

いやはや、岡田茂のわがままによってこの芝居は誕生したのだ。岡田茂は70年代から80年代初頭にかけて三越に君臨した超ワンマン社長である。愛人竹久みちも三越の女帝といわれ権勢を振るったが、後に特別背任で訴追される。ある時突然役員会で社長解任の動議が可決されて「なぜだ」と叫んだ事が流行語になった。百貨店No.1の座から凋落していくきっかけを作った、なんとも名物社長ではあった。

三越にとってはとんだ災難だったかもしれないが、岡田茂は我が国の演劇に貢献したという点で、同じ経済人でもホリエモンなどよりははるかに評価出来るのではないか。もっとも、自分の劇場を餌に、口当たりのいい事をささやいては女優を口説いていた結果のことかもしれないが。(女優という商売は、根底に「不安」があって、金持ちとか権力者には弱いものである。下世話な話で恐縮。)

さて、「美しきものの伝説」は、大杉栄、伊藤野枝、平塚らいてふ、辻潤、堺利彦、荒畑寒村、島村抱月、小山内薫、沢田正二郎、久保栄、中山晋平らが登場する群像劇であるが、よく知られているように役名がクロポトキン(大杉栄)、ルパシカ(小山内薫)、モナリザ(平塚らいてふ)、四分六(堺利彦)、幽然坊(辻潤)などと宮本研がつけたあだ名になっている。

もともと宮本研は時代をひと括りにする群像劇を得意としていたが、これを文学座のために書き下ろす時に、大正デモクラシーという時代を少し突き放して見て見ようという気になったようだ。そのために寓意劇とかパロディといった気分で、この劇はでき上がっている。抱月や小山内薫ら演劇関係者の描き方に不満があるむき(むろん文学座の中で)もあったらしいが、その理屈に走らない独特の軽さと明るさによって、僕には宮本研の傑作の一つと思える。

「ブルーストッキング・・・」は、ほぼ同じ登場人物を配したうえで、伊藤野枝にフォーカスしたものだ。

この伊藤野枝(純名りさ)が舞台に登場する場面が印象的である。

荷物を抱え下駄を履いた野枝が、勢いよく舞台中央に駈けてきて、「私、とうとう出てきたんです・・・」と息せききって、福岡の田舎から東京へやってきたいきさつを話す。この時のメイクアップが非常に若いのに僕は少し驚いていた。

実は、らいてふと一緒に仕事をした事や老年になって売春防止法制定あたりの神近市子を見知っていたせいか、長い間、伊藤野枝も同じ年代だろうと思っていたからだ。

ところが、この時伊藤野枝、わずか十七歳であった。まだ少女ではないか・・・。僕は少なからず衝撃を受けた。

従姉妹が東京の女学校にはいったのに競争心を燃やして、自分も苦労して上野の高等女学校を卒業、一端は故郷へ帰るが、親が決めた結婚がいやですぐに飛び出し上京する。女学校時代に多少恋愛関係があった英語教師の辻潤(中村彰男)もとへ身を寄せ、青鞜社の平塚らいてふ(かとうかずこ)に頼み込んで編集者となった。このとき辻潤の方は十歳違いの二十七才である。

青鞜社には、津田塾を出て教師、後にジャーナリストとなった神近市子(加藤忍)、表紙絵を担当した尾竹紅吉(佐古真弓)、大逆事件をまぬかれた荒畑寒村(若松泰弘)、無政府主義の大杉栄(上杉祥三)らが出入りしている。

荒畑寒村は、幸徳秋水らと行動を共にしていたが大逆事件の時は服役していて難を逃れた。刑死した菅野すが(元恋人)、幸徳秋水の遺体を大八車に乗せて、嵐の中を落合の焼き場に向かうところを「寒村自伝」(名著である)で読んで何ともいえぬ気分になったものだ。死んで尚特高がつきまとったという。事件のあと大杉と行動をともにするが、後別れて日本社会党結成の礎となる。僕は80歳を超えて好々爺となった寒村のインタビュー番組を見ている。風雪がしわに刻まれているが、横浜の岡場所で育っただけに、いきな笑いを秘めて穏やかな表情であった。

辻潤は、野枝の婚約相手に訴えられて教師の職を失う。辻の家にはいった野枝は、創刊後まもなく行き詰まった「青鞜」社の経営をらいてふから譲り受け、編集から広告取り印刷までを忙しく切り盛りする事に。長男まこと、二男流二を生むが、家事や子育ては辻の母親ミツ(上野淑子)にまかせっきりで毎日外を飛び回っている。

らいてふは、所詮お嬢さん芸に過ぎなかった「青鞜」の編集を野枝に譲ると「若い燕」の画家で夫の奥村博(林宏和)と一緒に田舎に引っ込んでしまう。女学生の分際で心中事件を起こすなどという激しい気性の割には、大して才能のない年下の画家と一生連れ添ったのはどういう料簡だったのだろう。奥村の絵は見たことがある。真っ正直なだけで下手っぴいな絵だ。そんなことはらいてふにとって取るに足らない事だったのかもしれない。

辻は失業して収入もままならず、母親ミツの不満は膨れ上がるばかりである。生活不能者のようになった辻は、野枝を庇う事もしなくなり、野枝は次第に辻から離れる事を考えるようになる。そのことを大杉の元へ相談に行くが、かえって大杉が野枝に恋愛感情を抱くのであった。

この時大杉には妻の堀保子(亡くなった堺利彦の妻)の他に、神近市子というスポンサーであり、愛人がいた。自由恋愛を標榜する大杉としては極く普通の感覚でそういう関係を結んでいたのであろう。

ここで、イプセン「人形の家」の劇中劇が挿入される。夫ヘルメル(田中正彦)の理不尽な仕打ちに子供をおいて一人家をでるノラ(旺なつき)の物語が「青鞜社」を取り巻く人々にも強い共感を呼ぶものなった。これを演出した島村抱月(仲恭司)とノラを演じた松井須磨子(旺なつき)を囲んで、劇評の会が銀座でにぎやかに行われる。

そして、この劇が前兆のようになって、辻の家でも別れ話が決定的になる。まことは潤が育て、流二は野枝が・・・という事になるが、野枝の仕事を続けるにはどうしても足手まといになると、結局二男は千葉の田舎に養子に出してしまう。

妻に出ていかれた辻潤は、生きる気力を失い、着た切りの虚無僧姿でまことを連れ、尺八を吹いて門付けをしながら放浪の日々を過ごすことになった。やぶれた着物の懐には野枝からもらった手紙の束がいつも入っていたという。

大杉が野枝と一緒になった事を察知した神近市子が、自由恋愛の理屈は分かっていても情においては許し難いと、葉山の日陰茶屋で仕事をしていた大杉の元へ現れ、一緒に死んでくれと刃物をかざす。大杉はこの時重傷を負うが、神近は逮捕され獄につながれる。

その後、大杉と野枝のあいだには五人の子が生まれる。これには少しばかり驚いた。(子供は野枝の死後、伊藤家に引き取られ、育てられた。) つまり、野枝は十年の間に7人の子を生んだのである。

「人形の家」からまもなく、島村抱月が病で急死すると、松井須磨子は支えを失ってぼう然とした日々を送っている。それが舞台にも現れているという評判が立ってまもなく、松井は舞台裏の梁に紐をかけて縊れてしまう。野枝たちは、恋愛に殉じるとはこの事だと須磨子の死を悼み、一夕銀座に集う。そこへ放浪の辻潤が現れ、連れているまことに会った野枝が懐かしさのあまり抱きしめる。僕らが知っているまことは、山の画文集やイラストを描くディレッタントで、いかにも両親の血を感じさせる飄々とした存在であった。

そして、大正十二年。大杉栄はパリで開かれたアナーキストの国際大会で演説をする。その後パリの警察に一ヶ月間拘留され、国外追放となった。7月、野枝は臨月のお腹を抱え(最後の子ネストルを身ごもっていた。翌8月出産)大杉を神戸まで出迎えに行っている。

大杉栄、伊藤野枝は旺盛な執筆活動を続けていたとは言え研究発表や、共著の出版でパリに行けるだけの稼ぎはなかった筈だ。これは劇にはない事だが、この金を出したスポンサーがいる。大アジア主義の頭山満である。萩の乱に参加して下獄、自由民権運動から玄洋社を設立し、国家主義を唱えた右翼の大立者である。頭山は、インド独立運動や中国革命にも手を貸したが、極右は極左に通ずを地で行くように、大杉のパリ行きを支援したのであった。なんともあっけらかんと面白い時代だったのである。

9月一日正午、関東大震災発生。それから二週間ほど経った9月十六日、大杉栄、伊藤野枝(それに大杉の甥の橘宗一がいたが、劇では省略されている)は自宅近くの新宿区柏木の路上で憲兵隊から任意出頭を求められる。竹橋の憲兵隊麹町分隊につれていかれると、分隊長の甘粕正彦(田中正彦)が待っていた。大杉は父親が軍人であり親類に軍人が多い。自身も名古屋の幼年学校で学んだ。本科学科では、最優秀だったが操行(つまり実践)では最下位という極端な成績であった。素行に問題があったことで放校されている。

一方甘粕もまた名古屋の幼年学校の後輩であった。陸士をでて任官したが、途中膝のけがが原因で憲兵に転科したもので、それがもとでやや屈折していたと見られている。

大杉が幼年学校時代の事を持ち出して軍隊をなじるのを甘粕はじっと聞いている。やがて大杉を奥の部屋に案内すると、戻ってきて今度は野枝とたわいもない話しに興じている。甘粕は終始穏やかで紳士的である。今度は野枝を奥の部屋につれていくと、少しくぐもった声で「なに、これ!」と驚いている様子が伝わってくる。ややしばらくあって、甘粕一人が奥から出てくる。持っていた手袋を、堰を切ったような怒りを込めて床に思いっきり投げつける。

こうして、大杉栄、伊藤野枝(享年28)の生涯は終わった。

このいわゆる甘粕事件には、不審な点がいくつもある。前に調べた事があったが、もっともおかしいのは軍法会議における甘粕の証言であった。大杉の殺害についてはほぼかかわった事が明らかだが、伊藤野枝と橘宗一の死については証言が二転三転している。また死因も扼殺という事になっているが、土中に一ヶ月近くあった死体には多数の暴行の跡があったというから判然としたわけではない。もっと上層部がかかわっていた事をうかがわせるが、結局甘粕の単独犯という事で決着を見たのである。

「原始女性は太陽であった・・・」から始まる日本の女性解放運動は、伊藤野枝の実践によって五十年先取りされたともいわれている。つまり、いま実現している女性の権利を彼女は世に逆らって自ら実現していたというのである。

しかし、それは女権の拡張ではないと、宮本研は面白い事をいっている。

まず、大正時代の印象を「男が限りなくやさしかった時代」と捉える。大杉栄にしても世間では革命家というイメージが強烈だが、野枝の指示に従ってかいがいしく洗濯をしたり、嬉々として飯炊きの手伝いをし、子供をあやすという一面があった。

辻潤の場合は、野枝に捨てられる形になったが、彼女への思慕は生涯続いた。

また、平塚らいてふの夫奥村博は生活上の事でも仕事の事でもらいてふに頼り切りで、それをらいてふはむしろ自然の事のように受け止めていた節がある。

つまり、宮本研はこの大正のムーブメントを女権の拡張と捉えるのは誤解であり、それは、むしろ母権の回復にあったのだという。

なるほど、そういわれて見ると合点がいく事が多い。

この事を議論したい気もするが、それはまたの機会にしよう。ただ一言いえる事は、最近年上の女性と結婚するケースが増えてきた事は、日本において「家」の解体が進行し、それにつれて母権の回復が実現した結果ではないかと思っている。

さて、伊藤野枝が辻潤のところに転がり込んできたのは十七の時だったことに驚いたと書いた。

辻はこの頃の事を次のように回想している。中尾富枝(女性誌サロン荒尾代表)の短いエセーから孫引きする。

「染井の森で僕は野枝さんと生まれて始めての強烈な恋愛生活をやっていたのだ」

「昼夜の別なく情炎の中に浸った。初めて自分は生きた。あの時僕が情死していたらいかに幸福でありえた事か・・・・・・」

一体どのような十七歳だったのか。

伊藤野枝は、それから十年、心の赴くままに恋愛し、自分の思うところを書き、七人もの子を残して、大正の世を文字通り駆け抜けていったのである。

 

純名りさの伊藤野枝は少し一本調子ではなかったか?

神近市子の加藤忍の成長ぶりが目立った。加藤健一が目をかけて育てた役者だけの事はある。

松井須磨子の旺なつきは適役だったが、出番が少なくてやや損な役回りだ。しかし、他の役でもちょっと浮くかもしれない。

大杉栄の上杉祥三には文句のないところ。

尾行警官をやった青年座の平尾仁は、要所で劇をしめた。このちょい役の役どころは、特高の存在、警察と軍の違いを一瞬にして見せるなど劇にとって案外重要であった。

先の木村光一と大笹吉雄の対談で、「研さんは、伊藤野枝が好きだったんだろうね。」という発言に二人で同意するところがある。

僕は伊藤野枝をよく知らなかったが、この芝居を見て宮本研の気持ちが分かるようになった。

 

 

 

題名:

ブルーストッキングの女たち

観劇日:

07/3/16

劇場:

紀伊国屋ホール

主催:

地人会

期間:

2007年3月9日〜3月21日    

作:

宮本研 

演出:

木村光一

美術:

石井強司

照明:

沢田祐二 

衣装:

伊藤早苗

音楽・音響:

深川定次

出演者:

純名りさ かとうかず子 旺なつき 加藤忍 佐古真弓上野淑子 北條文栄 奥山美代子 福沢亜希子 上杉祥三 仲 恭司中村彰男   若松泰弘 田中正彦  平尾仁林宏和  神野崇 井上 拓也

 

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