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「ひばり」

蜷川幸雄の芝居を見るのはちょうど二年ぶりになる。ある種の過剰さを懸念して行ったが、この芝居は実にオーソドックスにしかも彼には珍しく丁寧に作っていて、拍子抜けするくらいだった。もっとも相手がジャン・アヌイである。いくらジャンヌ・ダルクでもシェイクスピアの歴史劇と言うわけには行かない。なにしろ理屈っぽくてただでさえおしゃべりなフランス人のことだからきっちりとあの膨大なせりふを渡さないと、何が起きているかさえ分からなくなってしまう。

初めてチェーホフをやった時には(「桜の園」02年12月)、「俺が作った芝居はこういうことだったのか」と終わった後で茫然自失の態だったが、それで慣れたと見えて今度は微妙な神学論争(問答といったら別の意味になるな)もよくわかるように描いてくれた。

始まってまもなく僕の懸念が杞憂に過ぎなかったとわかり、緊張感が去ると、これはひとつ真面目に見なくてはと舞台に向かう気にさせた。

蜷川式の大時代な装置は、この人の特徴である舞台を立体的に構成しようとする指向が極端に働く場合があって、そんな時はいささか違和感が強くでるのだが、この舞台では、実に調和が取れていて、科白劇の背景にダイナミックな奥行きを作ってくれた。

それというのも、この芝居は劇中劇であり、登場しない役者も出番が来るまで舞台上で待機していることになっていて、その俳優たちが退屈になりがちな科白劇のちょうどいい背景をつくることになるからだ。

大きな矩形の一枚板の舞台を、床から三段ほど、のひな壇がコの字型に囲っている。正面には天上から大きな十字架、その下が少し高い段になっていて、異端審問官の席である。扮装した役者が三々五々集まってきて、ひな壇に付くとちょうど頭の高さに舞台があって、これが観客のような役割を果たすことになる。しかも、「さいたまゴールド・シアター」の老年の役者十四名(55歳以上の公募による俳優)が両脇のひな壇、最後尾に配され、傍聴する民衆のイメージをつくって豪華である。

物語は、19才になったジャンヌ・ダルクが宗教裁判に引きずり出されたところから始まる。13才で神の啓示を受け、フランスの内乱を終結するために軍を率いて勝利に導き、イングランド軍に捉えられるまでのあらましを法廷に陳述するのが第一幕である。

時代背景は、15世紀初頭、フランスは王位継承権を巡って内乱状態にあり、英国との間に長い (百年戦争)戦争が続いていた。国の中央を流れるロワール河を挟んで北部がブルゴーニュ派、南がアルマニィアック派で対立、北部は英国と同盟を結んでいた。しかも南西部にはすでにイングランド軍が進駐しており、王シャルル六世は狂気との噂でフランスは亡国の危機に立たされていた。また、王は、娘カトリーヌを英国王のヘンリー五世に嫁がせており、フランスの王位継承をヘンリーに託す約束までしていたのである。

1422年、シャルル六世、ヘンリー五世とも相次いでなくなると、まだ生まれたばかりのヘンリー六世がフランス王を宣言、それに対しシャルルの王太子もまた国王に名乗り出るが、どちらもパリにおいて戴冠、就位式を済ませるまでは、正式なフランス国王とはいえなかった。そうした混乱の中、ジャンヌ・ダルクが登場ということになるのである。

日本でいえば、ちょうど室町時代、各地方に経済基盤ができ上がりつつあり守護、地頭ら実力者が台頭して群雄割拠、戦国の世を準備した時代である。ユーラシア大陸の西と東、大帝国の侵略から難を逃れた唯一の地域で、同じような歴史の進行を見たのは偶然なのか?ここは「文明の生態史観」(梅竿忠夫)を信じたくなるところ。

ジャンヌ(松たか子)は、1412年、フランス北東部のドンレミ村の比較的富裕な農家に生まれた。しつけに厳しい父(二瓶鮫一)と母(稲葉良子)それに(三人の)兄(堀文明)と妹の家族に囲まれて平凡な娘として成長、13歳になった時に大天使ミカエル、聖女マルグリット、カトリーヌの声を聴いた。「フランス国王を救い、お前からその手に王国を返してあげなさい。」

ジャンヌは、この地方を守るボードリクール(塾一久)に会い、オルレアンの包囲を解いてフランスを救うよう説得、始めはまるで相手にされなかったが、智恵を巡らし、おだて上げてついにその気にさせる。そして、馬と護衛の従者、男物の服を与えられて、敵中600キロを走破、シノンにいた王太子シャルル七世(山崎一)に面会を求めようとする。

シャルル七世は、母親のヨランド王太后(阪上和子)と王妃(月形瞳)、それに美人で名高い愛人のアニェス(小島聖)に囲まれて、貧乏で自堕落な暮らしをしていた。

始めはジャンヌを暗殺者ではないかと警戒、影武者を立てて、自分は取り巻きの中に紛れていた。すると、ジャンヌはすぐに王太子を見破り一同はこれに驚く。そして、部屋に二人きりでこもった。ジャンヌはこの時、シャルル七世の王位正統性について語ったといわれているが、話した内容を最後まで明かさなかったらしい。ジャン・アヌイは、この場面を想像で書いた。

この部屋で、自信がなかった王太子は、「怖い」といって即位に消極的だったが、ジャンヌは「勇気」を振り絞って、恐怖を乗り越えようと自らの体験を語って励ます。

王太子を客席まで追い掛け回しているうちに、彼のかつらが取れるハプニングがあったが、あとで考えて見ると、劇中劇であることを再認識させるために予定されていた行動であったかもしれない。

かくして、ロレーヌ河沿いにあるオルレアンの包囲網を解くための戦いが始まる。先頭に旗印を掲げたジャンヌがいて、兵士たちはいやがうえにも鼓舞される。ついにイングランド軍が敗退し、7ヶ月ぶりにオルレアンは解放された。

ジャンヌはこの勢いを借りて、国王の正統性を主張出来るランスにおいてシャルル七世の戴冠式を挙げることを主張した。ランスまでの敵軍の勢力を考慮して反対するものもいたが、これを押しきり、次々に敵陣を破って快進撃を続け、1429年7月、ランスの大聖堂においてシャルル七世は盛大な戴冠式を執り行うことが出来たのである。

ここからさらに、パリを奪還しなければシャルル七世の王国は盤石のものにならないというジャンヌら主戦派は、現状に甘んじる宮廷派から次第に孤立しはじめる。シャルル七世の裏切りによって、ジャンヌはパリ近郊のコンピエーニュでイングランドと同盟関係にあったブルゴーニュ軍に捕まり、イングランドに身柄を売り渡されることになる。

そして、このようにしてルーアンに送られたジャンヌの異端裁判の核心部分が第二幕である。この裁判は、魔女裁判のように思われているが、この時代に魔女狩りはまだない。

ジャンヌは、自分のたどってきた短い人生を語り終え、すべての始まりは神の啓示を受けたことだと主張する。そしてこれまで神の声に導かれるまま、それに従って戦いに加わってきただけと述べるのだが、検事(磯部勉)はそれを傲慢であると攻撃する。神がそのような使命を下すはずはない、自分一人の思いを遂げるために神の名を騙っているに過ぎないのではないかと言うわけである。

また、スペインから招聘した異端審問官(壌晴彦)は、ジャンヌの余りにも純粋で無垢な姿に感銘を受けながら、しかし尚それは許されない態度なのだという。かくも自然の振る舞いは神がつくりし罪深い人間にはふさわしくない。人間は、懺悔し罪を償いながらいきるもの。ジャンヌの明るさは神の存在を揺るがしかねない危険なものと断じるのである。

ジャン・アヌイの主張がもっともよく現れているところと思われるが、ジャンヌのせりふを通して、ほんとうに信仰心の厚いものは、人間は素晴らしいものだ、人間こそは神が作った奇跡なのだと感じることが出来るというのである。普通の少女だったジャンヌが、神の声に励まされ勇気を持って世界を変えた。ジャン・アヌイにとって、この裁判はとりもなおさず人間賛歌であった。

裁判官コーション司祭(益岡徹)は、ジャンヌをときに弁護し、ときに問い詰め、一端はこの裁判からジャンヌを救い出すことが出来るが、ジャンヌはそれで得心したわけではなかった。まもなくジャンヌは、異端再犯の罪で再び法廷に引きずり出されるのであった。

異端審問官の壌晴彦の口から低くよく透る朗々とした声が発せられると、途端に舞台に緊張感が走り、観客はその声に耳を傾けた。さらに検察官の磯部勉が少し前のめりになりながら高めの声域でジャンヌを攻め立てる。磯部の声は音域が広く、そのせりふ回しには定評がある。この検察官は少し切迫した様子を出していた。そこにコーション司祭の益岡徹が極く普通のトーンで説得力のある言葉を投げ掛ける。この辺りのジャンヌとのやり取りは、キャスティングが大成功であったことを示していると思った。

三時間をはるかに越える大作だったが、本の面白さはいうまでも無く、蜷川幸雄の演出が微に入り細を穿つといった丁寧さで(二幕は少しつまんでもよかったとは思うが)あまり長く感じることはなかった。

ただひとつ気になったところは、松たか子の作りが幼すぎたことだ。ジャンヌは軍勢を率いて敵と交戦した戦士でもある。凛としたところを見せる場があってもよかった。それと後半疲れがせりふにでていたのは、惜しかった。

何といっても、蜷川幸雄の守備範囲が広くなったことを確かめたのが収穫だった。

 

 

 

題名:

ひばり

観劇日:

07/2/16

劇場:

シアターコクーン

主催:

シアターコクーン

期間:

2007年2月7日〜2月28日

作:

ジャン・アヌイ
翻訳: 岩切正一郎

演出:

蜷川幸雄

美術:

中越司

照明:

原田保

衣装:

前田文子

音楽・音響:

井上正弘・池上知嘉子

出演者:

松たか子 橋本さとし 山崎一  磯部勉   小島聖  月影瞳  二瓶鮫一 塾一久 久富惟晴  稲葉良子 阪上和子  横田栄司   妹尾正文 堀文明 品川徹 壤晴彦 益岡徹
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