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「RATS」
「ザ・コンボイショウ」とヒップホップの「DA PUMP」が一緒にやる音楽劇である。コンボイショウは現在、今村ねずみが「六週間のダンスレッスン」でどさ回りをしているので、ひとり欠けている。ダ・パンプの三人は初めてのお芝居ということらしい。二つのグループともにファンは多いが、年齢が20才近く離れているからファン層が重なっているとは思えない。しかし劇場に行ったらどちらともいえないご婦人方が長蛇の列で、人気者二つを一緒にしたプロデューサーの狙いが当たったことを物語っていた。推定するに、ダ・パンプのファンはやや年下のかわいい男の子相手、「ザ・コンボイショウ」のファンは同年配からその下にかけての年齢になっているとすれば、つじつまは合っている。99.9%が女性の中で肩身の狭い思いで坐っていたが、話がいっこうに面白くならないので、踊りと歌がない時は頭が半分寝た状態だったから回りはあまり気にならなかった。
今村がいないのをいいことに、彼が早期退職をするという話題で引っかけようとした意図はありありである。それでなくともひとり年上の今村ねずみはしばしば体力の限界を訴えるので仲間に年寄り扱いされているのだ。いよいよ今村ねずみは「ザ・コンボイショウ」を去るのか?とファンならば一瞬不安になるところである。劇ではこの不在の今村がRATSという大手広告代理店の窓際ダメ課長代理という設定で、彼が明日の朝退職することになったらしい。同僚であり部下である六人の40歳代サラリーマンと三人の20歳代若者社員たちがその明日の午前十時、会社を去る時の送別イベントをしようと企画会議をやっているというのが話の発端。なかなかいいアイディアがでないので、既に時計は午後八時、しかし、明日まで決まればいいや、とみんな徹夜覚悟である。
その間に「大手広告代理店」の仕事とはどんなものか、厳しいがエリート意識丸出しの紹介が挿入されたりする。劇によれば彼らは「日本を動かす勢い!」で働いてきた。「企画」がすべて、いい企画がでなければライバル会社に仕事を取られる、だから徹夜だろうが何だろうが厭わずやるのがエージェントの根性だという。特に彼らは社内でも一流クライアントを担当する花形チーム、憧れの的であった。とはいえ、そろそろ歳も歳、所詮は会社の「コマネズミ」歯車に過ぎないのではないか?と将来に不安が広がり、この先どう生きたらいいか内心焦りがある。そういう意識で、今村課長代理を送るイベントを考えて見ると、彼の生き方に様々なものが見えてくる。すると実は、いつも窓際でひっそりと仕事をしていた今村課長代理は、会社の理不尽な要求をうまくかわしたり、仕事をしやすい環境作りの根回しをしたり、陰で彼らを守っていたのではなかったか、ということに気がつくことになる。ダメサラリーマンだと思っていたが彼こそこの会社にいてくれなくてはならない存在だと会社のお偉いさんに主張する「送別イベント」にしようではないか!という結論に到達し、その頃白々と夜が明けてくる。とまあざっとそんな話だ。この点では制作者のひとつが博報堂だから作者の細谷まどかも「ねた」には困らなかっただろう。
別に「大手広告代理店」でなくても「窓際族=サラリーマンの鑑」という話は成立するのだろうが、社員の「送別イベント」の内容を徹夜してでも議論するという「トコトン」馬鹿げたことをやるのは今どきこの業種くらいのものだというのであろう。もう一つの制作者であるテレビ東京も企画が勝負という業種だからバカさ加減においてはこういう少し考えただけでも気がつきそうなあり得ないことを許してしまう頭のユルフンという点で似たようなところがあるかもしれない。しかし、ここで言及している華やかな広告代理店の姿は一昔前の彼らが「日本を動かしていた」と勘違いしていた時代のもので、実際現在では見る影も無いというか、傍から見ていても気の毒なくらい地味な存在になってしまっている。ウッディ・アレンのしょぼくれた写真に一行「おいしい生活」とコピーをのせたものがゲイジュツ家どもの絶賛を浴びて広告賞に輝いたことなど思い出しても恥ずかしくなる。あんなものは一時の夢(今となっては悪夢)だった。今では企画が勝負といっても世の中を見渡して見たら、皆似たり寄ったり低レベルのことだらけでそういう時代がはるか昔に遠のいてしまったと気づくのである。博報堂がこんな「後の祭り」を踊っている間に、メディアを支配し終った電通はさっさと上場してしまって、企画などという非効率から足を洗って本物のスペースブローカーになった。戦前は株屋と一緒に「裏口から入れ」といわれたものだが、構造的にはそこへ戻ったというわけである。
こんなことにくどくど文句をいっても始まらないから、それは許してやってもいいが、コンボイとダ・パンプのコラボレーション(だかなんだか)をダメサラリーマンが実はみんなのために働いていたなどという古典的な「人情話」で、お茶を濁そうとした細谷まどかの発想が反吐の出るくらい陳腐で、このために僕は歌と踊り以外の話のところでは思考停止にしてしまったのだ。意識を向けたら頭がおかしくなりそうだった。社員が「コマネズミ」だの「歯車」だのいっても他の生き方があったらサラリーマンに教えてやったらいい。こういういい方の裏には、人間は人にこき使われ、つまりは大きな機能の中の一つの部品化され(モノ化され)自由な本来の人間的な生き方から疎外されているという考えがある。だったらさっさとそんなところから離れたらいいのだが、会社組織で働くとはそういうことであり、いっそフリーになってももっと厳しく「部品化」される社会が待っているのである。「歯車であってはいけない」というのは勝手だが、もはやチャップリンの時代ではない。むしろ歯車であるという手がかりから全体に働き掛けられると開き直って生きるしかないと心得るべきなのである。それが後期資本主義を生きるやり方である。
そんなことよりも、細谷まどかには大手広告代理店はじめ大手企業の内実についての問題意識がこんな程度であることに「怒り」さえ覚えるのである。せっかく四十代のくたびれたサラリーマンと20代社員の若者という構造なのに、派遣と正社員の問題を真正面に据えて社会批判をしなかったことに対してである。一切の始まりは、不良債権処理を推進しながらすべての競争は正しい、すべての利益追求は正しいという方向に企業モラルを変容させたことにある。このためにあらゆるコスト削減は正義であり、マンション偽装に典型的に現れているように品質を落としてまで「安さ」を追求するようになった。モノづくりの「日本」はこれでもうおしまいだと思ったほうがいい。とりわけ人件費は、日本の年功序列などまるで悪魔の慣習とばかりに中年から先に切り捨てられ、法律改定までやってやりやすくした派遣社員を雇い入れてコスト削減された。米国式を取り入れてどうにか不良債権を処理した今は、その誤りに気づいて修正しようとしているが、キャノンやシャープなどの派遣社員の扱いは酷薄を通り越して残虐である。昔の国士なら御手洗富士夫や早川一族には天誅を加えているはずである。ちなみに僕はひとりでこの会社の製品の不買運動をやっている。
何故このように怒るのかといえば、こういう人間の扱いを続けていると必ず貧乏人と金持ちの格差が広がる。貧乏人が増えて金持ちも少し増えるという社会が米国式で、あれは金持ちが自分の稼いだものの極く一部を貧乏人に施すというやり方である。このやり方では国全体の人間が富むということは永久に来ない。格差がないと困る社会だからだ。日本もこんなことを続けていると餓えた貧乏人から身を守るために部屋の中に閉じこもって錠前を四つも五つも付けて潜んでいなければならなくなる。つまり労働分配率を公平に保っていくことが結局社会不安をなく、安定した社会が出来るのである。「歯車」は人間らしくないというが、「歯車」ならまだよくで、コストの安い部品として最低限の生活もできないところに追いつめられているのが日本の働くものの実情ではないか。細谷まどかよ。広告代理店という虚業の輩やテレビ局という低能と付き合ってばかりいたら世の中は見えなくなるぞ。こういうせっかくのチャンスに日本の社会が危機的状況になっているということを、コンボイショウやダ・パンプの追っかけ能天気おばさんたちに知らせてやることが君の使命だったのだ。全く惜しいことをしたものだ。
最後にダ・パンプの歌がよかったことを書いておこう。三人とも歌の水準はさすがに長くこの世界にいるだけあって聞かせる。とりわけISSAの声は透き通っていて伸びがある。他の二人も同質の声だが、少し堅さが混じる。芝居ははじめてということで特にISSAは照れが先にたって入り込めていなかった。それに反してYUKINARI は非常に才能を感じさせた。芝居をコンサートに取り入れてもKENと二人何とかなりそうだ。
「ザ・コンボイショウ」の六人は、若いものと一緒にやるのは勝手が違うのか少し元気がなかったと感じた。芝居は、広告代理店のサラリーマンなどという想像もつかない役柄をそれなりにマイペースでやっていた。しかし、何はともあれ話が陳腐で、夜中に「ねずみ」が騒いでいるつもりだろうが 、あり得ない設定でもあり、彼らの芝居をどうこういう前に、こっちの頭がダウンしてしまった。一体俺は何をしているんだろう?
題名: |
RATS〜今村さんの早期退職〜 |
観劇日: |
07/9/7 |
劇場: |
青山劇場 |
主催: |
テレビ東京+博報堂 |
期間: |
2007年9月7日〜17日 |
作: |
細谷まどか |
演出: |
細谷まどか |
美術: |
升平香織 |
照明: |
吉川ひろ子 |
衣装: |
堀井香苗 |
音楽・音響: |
藤岡孝章 音響:山中洋一 |
出演者: |
瀬下尚人 石坂勇 舘形比呂 右近良之 徳永邦治 黒須洋壬 ISSA KEN YUKINARI |